漢方で「大棗(たいそう)」と呼ばれる棗は、飛騨の棗のおよそ2倍の大きさがあります。
中国最古の薬草書「神農本草経」には、大棗は朝鮮人参と並び、健康のために毎日摂るのが望ましい「上品(じょうほん)」として収載され、養生に欠かせない果実として古くから大切にされてきました。
ところが、昨年秋に収穫した飛騨産の棗を分析したところ、とても興味深い結果が分かったのです。
飛騨の棗は、大棗に比べ食物繊維とタンパク質は約2倍、カルシウムやカリウムも約1.5倍含まれており、小さくても栄養価が非常に高かったのです。
棗が日本に伝わったのは奈良時代より前とされ、中国や朝鮮半島から「薬草の木」として持ち込まれたのではないでしょうか。
飛騨には壬申の乱の後、686年に新羅の僧・行心が流刑になった際、棗を持ち込んだという伝説が残っています。
もしこれが真実なら、約1400年に渡り棗が食べ継がれてきたことになります。
その昔、飛騨は雪深く厳しい自然に囲まれた貧しい土地で、食料生産も少なく、人々の暮らしは決して楽ではありませんでした。
そんな中で棗は「行心和尚」がもたらした「養命薬」として人々の健康を守り、命の営みに貢献していたのではないでしょうか。
もしかすると、それは地域の秘伝薬として大切に扱われていたのかもしれませんね。

月刊さるぼぼ2月号p42掲載中


















